あーたろのゆるりと。

日々のことやら伝えたいことやら

彼女との話。

暇だし前から書こうと思ってたある元友達との話をしよう。向こうは未だに私のこと友達だと思ってるかもだし思ってないかもだしそんなことは知らん。


彼女との出会いは小学生の頃まで遡る。まぁ、そのへんは結構どうでもいいので割愛。


そして2人とも中学に上がる。そうそう、書き忘れてた。彼女は同級生だ。つまり同じ時期に中学へと進学した。


小学生の頃から仲が良かったが彼女がすごく練習だらけの部活に入ったので学校では話すがそれ以外ではあまり話さないそんな程度の仲だった。


彼女との仲が急接近したのは3年の二学期からだ。丁度2人とも部活を引退して、放課後時間ができた。気がつくと彼女と私は、一緒に下校をしていた。同級生男が入ってきたり後輩が入ってきたりして、一つの小さな集団のようになる時も少なくなかった。


そんな下校をしていたある時、彼女は急にとある質問をしてきた。
「同性愛ってどう思う?付き合うってどう?」
腐りかけてた当時の私の持論は普通の恋より壁が多いが当人同士が良いのならいいんなら別に良くね、多分そんな感じだった。なので私はこう答えた
「いいんじゃない?」
今思えば、省きすぎた。これはのちに後悔したこともある。まぁ、そんなことはとりあえずその辺にポイッと置いておこう。ポイっと。


そう答えたら彼女は私にこんな告白をする。



「秘密だよ。私さ、彼女がいるんだ。」



告白と聞いて彼女が私に告白したと思った方いたらあれだ、まぁ、どんまい☆
そしてその告白以降、のろけやら恋愛相談やらいろいろ聞いた。聞いたというのかきかされたというのかわからないが。

彼女は付き合ってる相手と遠距離らしく手紙のやりとりもしてたらしくその手紙や同封されていたプリクラを自慢のように見せてくれたりもした。





この話は長くなってしまうな・・・まとめられない。連載的な感じにしよう。ということで続きが気になる方もし居ましたら申し訳ない。続きをお待ちください。

あーたろはAC。

TwitterのTLでこんなツイートを見かけた。


親が、私のことACかもしれないから病院行けって言ってるけど病院行きたくなー


それに対して言いたいことがあるので、今回はACを自認してる私の思ってることなど話したいと思う。



そもそもACってご存知ですか?
AC、アダルトチルドレンを略した言葉ですね。


ここ最近は結構有名になってきているらしいので知ってる方も多いかもしれませんね。でも、認知度ってどれぐらないなんでしょうね?メンヘラな方なら知ってる方が多いと思うけど、ほかの方は?そうなると多分、みんなが知ってるとかそういうレベルにまでは達してはいないんじゃないかな。

実際、私がこの言葉を知ったのは、メンタルを大爆発した20歳の夏だった。精神疾患について調べまくってた中で見つけた一つだ。



言葉は知っていても意味は知らない人や意味を間違って覚えてる人も世の中にはいるようです。

子供みたいな大人と勘違いをしてる人もいるようですが違います。また、病気でもない。
ACの可能性があっても病気でもないので病院に行く必要はないです。



ACとは何か。大まかに言うと、元々は、アルコール依存症の親を持つ人がACだったそうなんですが、研究のゆえにちょっと、待てACってアルコール依存症の親を持つ人意外にも当てはまる人がいるぞ!ということとなり現在では機能不完全家庭で育った人たちのことを指している。


機能不完全家庭?なにそれ?って方いるよね。
機能不完全家庭とは、家庭内に対立や虐待、ネグレクトなどといった事があったりして家庭として本来、機能してなければいけないものが機能できてない家庭を言います。と、ざっくりと説明しても分かったような分からないような・・・って感じになるね。
詳しい説明をしだすと長くなるので、
まぁ、家庭内で何かしら問題がある家庭だよ!
って感じ。分かりやすくなったかな。

だけど問題のある家庭でそだったからといって必ずACになるとは限らない。ならない人もいる。それは生まれ持った精神の強さや遺伝なんかにもよってならない人もいるとのこと。


さて、そんな家庭で育ったACにもタイプがあったりする。そのあたりまで説明は私には出来ないので気になった方はググってください。詳しく説明してくれてるサイトがいくつもあります。


ACは機能不完全家庭で育ったことにより生きずらさを感じている。
それは、機能してない家族の中で生きるために適応して出来た癖や無意識下の思考回路だったりする。


ACとは、病気ではないと最初に書きましたが病気じゃないなら何なのか。それは特性や考え方、概念というものだとあーたろは思ってる。

だから、別に特性などが当てはまるからといって絶対に自認しなくてもいいもの。


自認すれば楽になるなら自認すればい。楽にならなかったり苦しんだりするなら自認しなくていい。

とはいえ、あーたろは自認したことによって苦しんだこともあります。うちの親がダメなのか、本当はACだと言い訳して甘えてるんじゃないだろうか、私の性格だと思ってたものがACの特徴なら私には性格はないのか、などと。


しかし!ACだからといって必ずしも親や家族が悪いとも限らない。愛をうまく感じ取れることができずACになった人もいる。だから、ACだから親を責めなきゃいけないかというとそうでもない。もちろん、ACを自認してるからって甘えではない。

(まぁ、親が許せないなら許さなくていいし親を責める気持ちがあるならその気持ちを否定する必要はない)


あーたろがACを自認した理由はACを調べた時、調べれば調べるほど私のことじゃん。私でしかないやん。とそれまで自分の性格だと思ってたものがほぼ全てと言っていいほど当てはまっていたからだ。


ACを自認して苦しんだりもした。けれど、私はACを自認することによって感じている生きずらさの理由や原因に気づけたし、生きずらさに対してどう対処していったらいいかなどよかったことが多い。

今は、ACの回復、癒しに取り組むことで少しでも私の生きずらさが軽くなればとおもっている。

また、ACを自認したことでインナーチャイルドの癒しという考え方を知ることも出来た。インナーチャイルドの癒しは難しいけれど少しづつ出来ていったらいいなと思っている。




ACという言葉、正しい意味を少しの人にでも知って欲しい、ACなのか悩んでる人にはどっちでもいいんだよ、ちなみにあーたろはこんな感じだよ、と言ったことを書きたかった。
上手くかけただろうか。分からないけど少しでも伝わるといいな。

依存するのが怖い。

私は、依存するのが怖くてタバコにもお酒にも手を出せない。もう、彼氏は作らない。

友人関係は程よく離れた距離、高校を卒業した今、1年に1回会ったり会わなかったり。お互いに連絡を取り合うことも少ない。おかげで依存せずに済んでいる。
元々、私が人と距離をとるタイプであったことも影響してるかもしれないが、それは置いておこう。


依存。私は、きっと依存しやすい。自分の経験からと言うより遺伝的に考えて、である。

父はニコチンとカフェインに依存してる。父方の祖父はニコチン依存が凄かった。癌になっても吸っていた。隠れて父や叔父のタバコの吸殻で吸うこともあった。そこまでするのかとなんだか悲しくなったのを覚えてる。

母方の祖父はアルコール依存症だ。止めなければ1日に一升瓶だけではすまないだろう。経済的にも宜しくないな、これ。
日本酒を飲みすぎた故に糖尿病になった。糖尿病になったから仕方なく日本酒を焼酎の水割りにした。酒を変えたからいいだろうと朝から酒を飲んでる。無意味だ。飲む回数ふえちゃってるじゃねーかよ。


そんな血が私には流れてるのだ。絶対、酒やタバコを始めたら依存する。依存する自信しかない。

だから、タバコは手を出せない。お酒は勧められたらちょっと飲む程度。勧められることもまずないので今のところ困らない。


そんな私に彼氏が出来た時、付き合いだしの彼はいった。「依存していいよ。むしろしてよ。してほしい。」その言葉に私は、甘えて依存してしまった。時が2年とたって彼は言った。「依存は良くない。治そう。」
は?って感じである。因みに彼も私に依存してるように感じる時が時たまあった。共依存のような言葉もよく吐いた。なんなんだお前。


まぁ、彼氏なんて初めてできたから距離感が近くなりすぎた故に依存したのかもしれない。受け入れてくれる彼に甘えたのかもしれない。
もう一度、恋人を作るのは依存しそうで怖い。

恋とやらはよく分からないからそのうち恋をすることが出来れば恋人を作るかもしれない。その時は依存しないように頑張ろう。


とりあえず、依存してしまいそうなので今の私はタバコも酒も恋もするつもりはない。

最近考えてること。


最近、私がゆるーりと、ゆったりと考えてることがあります。

それはどうしたら有名になれるのか。
これだけ言うと承認欲求爆発してるみたいであれなんですけど、そうではなく理由が別なとこにありましてね。

メンタルヘルスなどについて発信したいことがあって、それを伝えたい、知って欲しい相手は必ずしもメンタルヘルスに関心がある訳では無い。メンタルヘルスに関するサイトやらTwitterのアカウントやら作ってもそれを見るのは殆どがメンタルヘルスに関心のある人だろう。それは、もちろんいい。メンタルヘルスに関心のある人やメンヘラになって苦しんでる人に伝えたいこともある。

だけど、関心のない人に伝えたいこともあるのです。それを伝えるにはどうしたらいいのか・・・。
それを考えて、至った結論が有名になるだ。
メンタルヘルスに関係ないことで有名になればメンタルヘルスについて呟いたりブログ書いたりすればチラッとは見てくれる人がいるかもしれない。



だから、私は、有名になりたい。しかし、私には何か特技がある訳でもない。顔の可愛い女の子でもない。そんな私がどうしたら有名になれるのか。悪目立ちじゃよくない。さて、どうしたものか。

掲載されました。


多分さー、このブログ読んでる人は私のTwitter見てる人がほとんどだと思うし、メンヘラ.JPの読者も多いと勝手に思ってるんだけどね、

もしも、メンタルヘルスの何かしらでこのブログにたどり着いた人とかいるとしたら伝えたいのTwitterでも呟いたけどどうでもいい話やメンヘラ.JPの簡単な紹介も少し加えてご報告です。


メンヘラ.JPというサイトに私の投稿した記事が掲載されました。


精神科病院に不信感を持っていた私が通院できるようになった話

http://menhera.jp/2380

リンクの貼り方分かんないのでタイトルとURLだけでごめんね。

少しでも気軽に病院に行ける人が増えますように。
病院に一回行ったけど、もう行きたくないって方に一番読んで欲しい。


それと、私の記事を掲載してくれたメンヘラ.JPさんはメンヘラのためになることとか暇つぶしになることとか書いてあるし人によっては生きづらさを軽減することができるかもしれないライフハックなんかも載ってる素敵なサイトなので是非気になる記事とか読んでみて下さい。



ちなみにライフハックのひとつにピカチュウの真似をするというのがあったのだけどアレと同じ感覚でおっぱい揉みたいと死にたい時に呟いたりして見ると私は、死にたさが軽減します。

ピカチュウの真似の記事のお陰できづきました。

私の思い

私の思ったこと、感じたことなどを文字に残したいので、今回はそれをブログにさせてもらう。


世の中にとても生きづらさを感じてる私は、小学校ぐらいから生きる意味を探してました。何のために生きてるのだろう。何の為に私はうまれたのだろう、と。
それが見つから見つけられないから余計に生きる必要を感じれなくて生きづらさを感じてた私は辛かった。
普通なら生きる意味なんて見つけれなくても生きてるだけで丸儲けとか、そんなこと何も考えず生きていけるのかもしれないけど私は、そんな風にはなれなかった。

私が今、生きてるのは何度もした自殺が全て未遂に終わってるから。周りに殺されなかったから。正直その程度だ。
今は少し前向きになれて生きようともしてるけどね。


それでも私は、メンタル爆発したメンヘラだ。鬱になることもある。

昨日の私は、低気圧にぶん殴られて鬱に少しの間だけど、なっていた。なってしまったとは言わないよ。メンヘラだもん鬱にぐらいなるさ、そんな自分を否定したりしない、責めたりしない。自尊心を育てるためにも。


昨日、鬱になった時に私は、少し前に聞いた母のある言葉を思い出した。
「私の分もあーたろが病んじゃったのかもしれない」という言葉だ。私がメンタルを病むまで自分でいうのもなんだが私が皆の負の感情を受け入れ背負って我慢していた事により家庭がなんとか成り立ってた部分がある。いや、私がそうしなくても喧嘩の多い家族になってただけかもしれないけどそうなるとうちの家庭はどこかで崩壊をしていただろう。

私が幼い頃、母が病まなかったのをすごいと思うほど当時の母は大変だった。姑への気遣い、慣れない仕事、家事・・・entと様々なものが母にはあった。それでも病まなかった。その分ももしかしたら母は私が病んだのではないかと言う。



しかし、あの夏に私はメンタルを爆発させた。その時に今までの我慢をぶちまけた。そしたら、家族が変わり始めた。前回の記事で父と私の関係を書いたように。

そこで私は、思ったのだ・・・。私は、家族の負の感情やら何やらを背負うために産まれて生きたのだと。ならば、私の役目はもう終わった。もう死んでもいいんじゃないだろうか?

鬱である。鬱になってるからの思考回路である。


しかし、メンタルが回復してきてからこう思った。私の役目が終わったんなら私は私のために生きていいんじゃね?ボーナスステージだよ。


仮に産まれて生きてきた意味をそれだとして、だったらもう自分の生きたいように生きていいように思えた。


もしかしたら、また鬱になって死んでもいいとか考えてしまうかもしれない。それでも何とかいきていこう。がんばれ、私。がんばれ、あーたろ。

父と私の話。

今回は暇なので父と私の話をしよう。

父は田舎の長男だ。そして、私のひいじいちゃん、ひいばあちゃんにあたる人からしたら初孫だ。それはそれは、大切に育てられた。大切にやりたいことをやりたいようにやらせてもらいながら育った。
なにせ、大学を4年間通い、出席日数が足らないとくだらない理由で自主退学をした高卒だ。あぁ、お金がもったいない。


そんな父は自分の思う通りにならないのが凄まじく気に入らない。外面はいいのでもしかしたら家の中でのこと限定かもしれないが。とにかく家では自分の思い通りにならないと凄まじく気に入らない。気が済まない。

そして、大切にとはいってもうちの父の両親はは共働きであった。忙しい。とにかく忙しい。その結果、普通の家庭より放任されている。そして、父の子育て論はこうなった。「子供はほっとけば育つ」。なので、私は父にほっとかれた子だ。放任というよりもはや放置。放置だ。

こうして、大切にされつつ放任という矛盾した子育てをされて育った父は家の中ではとても偉い人状態だ。


そこに娘が生まれた。父の娘だ。つまりは、私だ。
私は、父の血筋を受け継いで頑固者だ。自分がまちがってると気づいてもなかなかそれを直せない頑固者だ。
私と父はとても性格が似ている。似たもの同士だ。
だけど、別の人間だ。思うことが違うことだって多い。その当たりは残念なことに似てない。
それゆえ、父とはぶつかりあいだ。怒られてもごめんなさいを言わない頑固な私。それに対して自分の思い通りにならず気に入らない父のとった行動は暴力であった。口で分からないのなら体で分からせよう、なのだ。

これは、説教でも喧嘩でも同じだ。同じ過ぎて私、父に説教されてるのか喧嘩なのかあまり区別がつかない。

私が幼い頃、母はこんなことを思ってたらしい。
「あの2人をふたりっきりにするのは不安しかない。5分ともたないだろう」、と。
確かに、5分ともたない。何が持たないかというと説教もしくは喧嘩が始まるまでだ。そしてその行く先は父の暴力だ。そりゃ母も不安になるわけだ。

ひどい時は会話なんてしなくても持たなかった。ていうか、まともに会話なんて当時はできなかったが。無言でも喧嘩になるとは今思うとある意味凄いな。


その2人はお互いに成長した。相手を気にしない。無視するの方が近いかもしれない。
父はなるべく娘を気にしないようにした。娘は多少行儀がよくなり叱られるような行為はしだいにへっていった。父とは関わらないようにした。娘である私にとって父は恐怖の存在だったからだ。恐怖には近寄らないのが一番だ。おかげで暴力は減った。大抵は同じ部屋にふたりでいてもなんとかなっていた。なんとかならない時もあったけど。


そんな状況が私が成人して少し経つまで続いていた。そんな状況は傍から見たらどうだろう?よい親子関係とは言えないであろう。



そんな状況が続いてたある日、娘のメンタルが大爆発を起こした。メンタルが大爆発を起こした娘は今まで貯めに貯め込んでいたことを吐き出した。
そこで父は自分と娘との関係がこのままでは良くないと思ったらしい。
急に父親になろうとした。いままで放任もとい、放置してたくせに!

父親は私に話しかけるようになった。
しかし、私は、怖かった。なぜなら散々の説教や喧嘩のせいで父親と話せば暴力が待ってるというイメージがあったからだ。相手の機嫌を損ねてはいけない、父親は怖い。そんな父親が話しかけてくる恐怖心。だけどもそのなかに父親から話しかけられることに対するむずがゆさみたいなものも大きかった。
父とまともに会話したことがない父が一般家庭の父親のように話しかけてくるのだ。なんだかむずがゆい。
だって、お父さんと仲いい娘とか絶対に有り得ないと思ってたもん!!!急になかよさげにされても!!!私の心象は複雑だった。故にあまり返事をできなかった。



しかし、それが続くにつれ複雑な心境は薄れていった。今ではおはようといわれればおはようと言われればおはようと返すことが出来る。私からそんな重大でもないことでも話しかけれる。

私達はやっとちょっぴり親子になりかけれてるかもしれない。